所在地:高知県吾川郡いの町脇ノ山
交通:JR予讃線 伊予西条駅より約29km
本データは一般社団法人 電力土木技術協会様の許可を頂いて水力発電所データベースより転載しております。(一部は現地案内板、銘板及び事業者様パンフレット等の資料より)
本データは一般財団法人 日本ダム協会様の許可を頂いてダム便覧より転載しております。(一部は現地案内板、銘板及び事業者様パンフレット等の資料より)
現地記念碑より
(異体字で同じ文字が無い字は同等の字に置き換えてあります。片仮名表記を平仮名に直しています。改行はそのままです。敬称略)
大橋堰堤記念碑
四國最大の河川たる吉野川上流の水利を開發し之を發電に利用せんとする計畫は夙に明治三十
七年以來住友家に於て企画せるところにして曩に昭和五年大川村川口に高藪發電所を建設せるが
本川村長澤附近に於ける分水發電計畫は吉野川下流に及ぼす影響を慮り久しく實現の運びに至ら
さりき 然るに新居濱附近に於ける住友家経營諸産業の躍進的發展に伴ひ良質豊富なる電力資源
の開發は一刻も惣にし得ざる問題となれるを以て當社は其の國家的使命に鑑み萬難を排して之が
貫徹實現を期し鋭意苦心研究を重ねたる結果吉野川を分水して發電用に供すると共に洪水時の余
剰水量を貯溜する大貯水池を築造し吉野川減水時には此の貯水を本流に流し常に平水量以下の
自然流量を維持乃至増加し以て下流に對し分水發電に因る悪影響無からしむることを骨子とした
る設計を樹立し爾來荊棘多艱の路を打開して監督官廳の許可並高知縣より徳島縣に至る下流沿岸
町村の同意を得茲に前後二十餘年の久しきに亘る問題を解決し工事に着手せり
當大橋堰堤は實に本計畫の主體を爲すものにして高さ二百三十餘尺全貯水量八億六千萬立方尺
に及び本邦屈指の大堰堤なり昭和十二年六月工を起してより年を閲すること三年有半其の間巨額
の物資と勞力とを費し具さに辛酸を嘗めたるが時恰かも支那事變に際會して軍需諸工場の生産力
擴充は重要なる根本國策となりたる爲當社は敢て採算を無視し晝夜兼行工事の完成を急ぎ昭和十
五年十月竟に其の竣功を見るに至れり蓋し本堰堤の落成は時局下国家的意義頗る大なるは勿論
本流に對し平水量以下の自然流量保證の下に大量分水を實行することの技術的解決は實に我國に
於ける劃期的設計にして今後永く此種流域變更計畫の基準となるべきことと信ず
昭和十六年四月 住友連系會社
四國中央電力株式會社専務取締役 吉田貞吉
現代文に書き直してみました。括弧内は注釈。一部変ですが御容赦を。添削大歓迎です。敬称略。
大橋堰堤記念碑
四国最大の河川である吉野川上流の水利を開発してこれを発電に利用しようという計画は以前から
明治37年以来、住友家に於いて企画されており、昭和5年、先に大川村川口に高藪発電所を建設しているが
本川村長沢付近に於ける分水発電計画は吉野川下流に及ぼす影響を考え久しく実現されていなかった。
ところが新居浜付近に於ける住友家経営諸産業の躍進的な発展に伴い良質豊富なる電力資源の開発は
一刻も放っておけない問題となるので、当社はこの国家的使命を考慮して幾多の困難を排除して
この件を貫徹し実現させるために鋭意苦心研究を重ねた結果、吉野川を分水して発電用に利用すると共に
洪水時の余剰水量を貯留する大貯水池を築造し、吉野川減水時にはこの貯水を本流に流し常に平水量以下の
自然水量を維持又は増加することにより下流に対して分水した発電による悪影響が出ない事を
要点とした計画を作り、その後非常に困難の多かった状況を打開して監督官庁の許可並び、
高知県より徳島県に至る下流沿岸町村の同意を得て、
ここに前後二十年余りの長きにわたる問題を解決して工事に着手した。
当、大橋堰堤は本計画の主体となる物であり高さ230尺(69.7m)以上、
全貯水量8億6千万立方尺(2393万立方メートル)に及び、
我が国屈指の大堰堤であり昭和12年6月起工してから年を経ること3年半、その間巨額の物資と労力とを費やし
ことごとく苦労したがまさにその時、日中戦争が始まり各軍需工場の生産力を上げる事が重要な国策となったため
当社は敢えて採算を無視し昼夜通して工事の完成を急ぎ昭和15年10月、ついにその完成に至ることが出来た。
思うに本堰堤の落成は時局下、国家への意義は非常に大きいことはもちろん、
本流に対し平水量以下の自然流量を確保しつつ大量分水を実行することを技術的に解決できたことは
我が国に於いて実に画期的な設計であり、今後長らくこの種の流域変更計画の基準となる事と信じよう。
昭和16年4月 住友連系会社
四国中央電力株式会社専務取締役 吉田貞吉
(2009-01撮影)
発電所全景
発電所建屋後方の杉林より水圧鉄管が下りてきています。
(2009-01撮影)
大橋ダム下流より見たところです。
画像左手の橋が上の画像に写っている橋です。
ダム直下より建屋が離れており更に落差を得ていますが導水路が無いためかダム式の扱いとなっています。
また、貯水量の殆どを本川発電所の運用に充てているためか貯水量が大きいにも拘わらず調整池式となっています。
(2009-01撮影)
大橋ダムです。
堤体の渋い色合いとゲートピアに設けられた部屋や監視台が味わい深いです。
(2009-01撮影)
大橋ダム天端より上の画像の撮影地点付近を撮影しました。
(2009-01撮影)
大橋ダム直下の川幅は結構絞られていますが副ダムは設けられていません。
(2009-01撮影)
大橋ダム天端の様子です。
高欄を設けた造りが他では滅多に見られない特徴となっています。
(2009-01撮影)
大橋ダムを上流より撮影しました。
現在では本川発電所の下部貯水池としても使用されています。
(2012-01-29画像追加、2011-08撮影)
大橋ダム堤体上流側のアップ